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zoom RSS いじめについて

<<   作成日時 : 2006/11/20 00:57   >>

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 最近「いじめ」による自殺が相次いでいる。とても悲しい事である。だいたいイカンのは「いじめかどうかはわからない」と言ってばかりいる各学校の姿勢である。

 そもそもいじめがないハズがない。むしろあって当然と思わないんだろうか??これは動物社会にもあるわけだから、さらに進化したヒトでいじめがあるのは当たり前の事でしょう。絶対になくならないものである以上、「もし起こった時どう対応するか」という考え方が、とても大切なのである。

 日本のいけないところは、イヤな事があった時、まず「ない」ことを前提に物事を考えようとする姿勢。いじめもそうである。いろいろ考えると面倒だから、大抵の学校の教師たちはまず「いじめはなかった、うちの学校でそんな不名誉な事があるはずがない」と考えるのである。
 この思考、大間違いです。「いじめはない」ことを前提に物事を考えるから、そのあとの対応がすべておかしくなって行くのである。最低、最悪です。だからいじめた側も、それに関わった教師も、そしていじめられた側も、いつまでもだらだらと引きずって、苦しむことになるのです。

 昨日、テレビでオーストラリアの学校でのいじめのことをやっていたけど、日本は、見習うべきである。学校にいじめ対策の教師が配置され、「いじめは起きて(あって)当然」「最初からいじめがゼロなことはない」「いじめ対策をしていることが優良学校の証」と言っていた。
 この「いじめは起きて(あって)当然」が大切である。こうやって最初から考えているからこそ、「いじめをゼロにするにはどうしたらいいか」「いじめっ子、いじめられっ子を早期発見するにはどうしたらいいか」といった対策が、容易にたてられるのである。また日常の授業で、ロールプレイで実際に生徒たちに「いじめる側」と「いじめられる側」の役をやらせ、その場面について討論するという、両方の心理状態を考えさせることまでやっているのである。
 それでもいじめは起こるんです、とそのいじめ対策の教師は言っていました。日常的に生徒たちの遊び時間の態度・雰囲気を観察し、早めにいじめの「芽(=兆候)」を摘み取るようにしても、おきるものなんだと・・・。
 しかしそれで(いじめが疑わしいと)発見したときの対応がまた早い。その日のうち(または翌日)に対象の生徒(いじめた側といじめられた側両方)から事情を聞き、いじめた側にはいじめられた側の心境の苦しさを伝え「どういう経過でいじめだしたのか」を話させ、いじめられた側には「黙っているより学校(教師)に打ち明けた方が、後の経過は悪くならない(=いじめがよりひどくなることはない)、早い解決につながる」と伝え、関係の修復へ一週間ぐらいで持っていけるそうです。

 医療の現場も似ている。「医療ミスは起こしてはならない」はいいんだけど、「医療ミスは起きるはずが無い」と考えると、もうダメです。航空業界も同じですね。
 人間は「ミスをして当然」とすれば、「じゃあミスをしないようにするにはどうしようか」と考えられるのです。まぁ現在の日本のほとんどの病院は、リスクマネージャーを配置し、「ミスをしないようにするにはどうしようか」ときちんと対策をとっているからいいんだけど。

 ホント、日本の学校は情けない。あの繰り返される記者会見の模様は見ていてアホらしい。腹が立つだけです。

 繰り返しになるが、「いじめがない」ハズはない。あって当然。「うちの学校であるはずがない」と思い続けている以上、本当にいじめはなくならない。どんなに様々な対策をとっても「いじめはある、なくならない」となれば、逆にいじめはゼロに近づいていくのです。

 いい加減気付けよ、学校関係者共!!!!!!!!!

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